AJIBUTSU Professional Professional01

震災時の難局を見事に乗り切った手腕。
当社の売りである「現場力」を体現する
マネジメントのプロフェッショナル。

ノンフーズ事業部 事業部長(2015年4月現在)
1986年入社
田中 武志

AJIBUTSU Professional Professional01

震災時の難局を見事に乗り切った手腕。
当社の売りである「現場力」
を体現する常温分野のプロフェッショナル。

ノンフーズ事業部 事業部長(2015年4月現在)
1985年入社
田中 武志

Career

1986~2000年:常温配車業務および営業グループ
2000~2002年:幹線事業部(営業所・本社営業・ネットワーク管理)
2002~2010年:旧ドライ事業部(本社営業 *2009年よりグループ長)
2009~2012年:旧館林営業所 営業所長
2012~2014年:旧北海道主管部 主管部長
2014~2015年:ノンフーズ事業部 事業部長
2015年~現在 :加工食品事業部 事業部長

Introduction

味の素物流では、いま、原点回帰が起きている。新入社員をまず営業所などの現場に配属し、当社の「商品」である物流の「現場」を先入観のない目で素直に見つめ、現場についてイロハから学んだうえで、社の将来を託す真の物流人に大きく成長してもらいたいと考えての原点回帰である。
そういう意味において、田中は、配車業務という現場の要からスタートし、グループ長や営業所長を経て、今はノンフーズ事業部の事業部長という重責を担う、当社が理想とする物流人の一人である。

30年間で培った「幅広い知見」と「現場対応能力」。

その略歴から話を始める。味の素物流は、2000年4月に「(株)サンミックス」「三福(株)」「三宝運輸(株)」の物流三社が合併してスタートしたが、田中は、そのなかの三宝運輸に1986年に入社した。

外語系の学校を出た田中にとって、就職先の選択肢として語学力を活かした商社への道もあったが、あくまでも物流業にこだわり三宝運輸に就職を決めた。

以来、2000年の三社合併までの15年間を配車業務などに携わり、その後の10年間で、幹線事業部の営業、ドライ事業部の営業グループ長を歴任した。幹線事業とは、主に拠点間の長距離を大型のトラックで在庫移動する事業。ドライ事業とは、お預かりしている複数のお客様の商品、主に常温温度帯の加工食品を小型のトラックに積み合せ、納品先まで小回り良く共同配送する事業である。

2010年からは、館林営業所の営業所長を務め、その手腕を高く評価されて北海道エリアを統括する部署のトップに就任、2014年からは先述したようにノンフーズ事業部の事業部長に就いている。

前身の三宝運輸に就職しおよそ30年をかけて蓄積された常温物流全般にわたる幅広い知見と対応能力を有する田中の活躍は、言うまでもなく食品物流No.1をめざす当社に欠かせない。

震災時には混乱の中、持ち前の現場力を発揮。従来の許容量を遥かに上回る物量を前に奮闘。ライフラインを陰で支える。

物流人として歩んできたこの30年を振り返ったとき、いまなお鮮明に記憶しているのが、2011年3月に起きた東日本大震災時の対応であると言う。田中が群馬県館林市にある館林営業所の所長を務めていた時のことである。「とにかく混乱していて、時間ごとの停電も続き、暗闇の中での作業などもありました。連日連夜、寝る間もなかったですね」と田中。
物流は、東日本大震災で最もダメージを受けた産業のひとつである。商品は無事でも道路が寸断されていて運べない。お客さまとの連絡も思うように取れない状態が続いた。

関東地区には、群馬県館林市と、神奈川県川崎市の二カ所に主要な営業所があり、田中を責任者とする館林が北関東の配送拠点として、川崎が南関東の配送拠点として機能していた。その川崎の拠点は被災により、荷捌き能力が通常の一~二割まで低下。また、震源地により近い、東北六県を統括する仙台の営業所も被災し、当然ながらその機能を失っている。そのため、現場では川崎と仙台が担っていた業務が一気に館林に集中するという事態が起こった。
当時物流の麻痺は企業に関係なく東日本一帯で発生、そのような中「すべてのお客様へ一刻も早く荷物を届けきる」これが田中と館林の営業所員に課せられた任務だった。

それからの数か月、何倍にも膨れ上がった物量をこなすために館林の機能を一から作り直し、刻々と変化する状況に合わせて即断即決し、適切に人を動かした。30年にわたる田中のこれまでの蓄積がここぞとばかりに発揮された数か月であった。責任者としての采配を振るい見事に難局を乗り切った田中は、震災時のライフラインを陰で支えた日本人の一人であると言える。

責任者として赴いた新しい事業環境。未知を楽しむ余裕が見える。

いま田中が事業部長を務めるノンフーズ事業は、文字通り食品以外の商品を扱う部署である。アミノ酸という高価な商品から、日用雑貨、樹脂製品や炭素繊維、変わったところでは小動物を輸送する。小動物を輸送する車両は、無菌状態を保ち、ストレスを与えないよう特別に仕立てたものだ。運転ひとつにも細心の注意を要する。

常温の食品畑が長かった田中にしてみれば、この一年の間に目にするもの耳にするもの全てが新しく、それだけに商品関連や法令関係の知識の吸収、さらには業界動向の掌握にも余念がない。それぞれの分野には従来から出入りしている物流業の競合企業も当然ながら存在する。お客さまは、食品の物流に関しては当社が知識と経験を持っていることを認識されているが、ノンフーズとなるとその認識はない。そのため、受託に結びつくまでに長いプロセスを経ることもある。

「まだまだ勉強中で、毎日苦労しています」とは言うものの、「元来、人と話をするのが嫌いじゃなくて」と人懐こい笑みを浮かべる田中には、いまの新しい事業環境を楽しむ余裕を感じる。

スタッフを見つめる目に宿るのは、プロとして大きく育てとの願い。

田中が考える物流のプロとは…

“当社の商品は現場であり、その商品の優位性を保持するカギは、安全・品質・生産性にある。物流のプロとは、その商品力をいかにすれば高められるか、また、その商品力をきちんと理解したうえで、それをいかにすれば荷主(顧客)に訴求できるかを現場と共に真摯に考えぬく人間のことである”

現在、田中が率いるスタッフは担当営業所要員を含めて約90名。日々彼らと交わす言葉や彼らを見つめる目に宿っているのは、やがてはこのような物流のプロに育ってほしいとの願いである。

「今後の目標ですか?そうですね、今まで培った経験を活かして、他の事業領域にも挑戦したいですね。」

1964年生まれの田中。いまや物流業界屈指のプロフェッショナルであることに間違いはないが、その知的向上心は、青年のように若々しい。

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